痛みキャンディ第一話
この小説は、10年くらい前にちょうど人生の変化が大きかった年に書きました。
痛みに味があったらどんな味なんだろう。
哀しみの味って?
そんな痛みを感じられない主人公が様々な人と出会って感情を取り戻すお話です。
痛みキャンディ第一話公開
初めてあのキャンディを舐めたのはいつだっただろう。
おれには感情がない。
幼児期のトラウマから
笑うこと
泣くこと
怒ること
忘れちゃった。
だから、何も感じられなくなった。
ノッペラボウみたいな自分だ。
医師は言う。
無いのではなくて忘れただけ。
だから思い出せると。
作り物みたいだね。ってよく言われる。
一緒にいてつまらない。と呆れられる。
みんな離れていってしまった。
こんな自分だから仕方ないか。
こんな時に、悔しいとか淋しいとか情けないっていう気持ちに普通ならなるはずだ。
わからない。
自分がわからない。
注意書きには
人の痛みがわかります。
成分は舐めた人によって変わります。
賞味期限は貴方次第。
とあった。
試しに一粒舐めてみた。
甘いフルーツの味がした。
店を出て街を彷徨う。
何も感じないのは
やはり感情を忘れちゃったからだろうか。
捨てられている子犬を見た。
頭をなでてやった。
胸がツンと痛みだした。
捨てられた犬の瞳が何かを訴えかけた。
捨てられる痛み、必要とされていない孤独。
愛に対する飢え。
伝わってきた。
おれも同じだ。
犬を連れて帰る。
今日からの同居人だ。
名前をつける。
クゥンクゥンと鳴くから、『クゥ』って付けた。
おれはクゥと一緒に忘れちゃった感情をこれから取り返す旅に出ようと思う。
痛みキャンディが教えてくれる、痛みが道標だ。
クゥはガツガツと餌を平らげた。
尻尾を振って走り回る。
こいつとなら、何かが見つかるかもしれない。
家に帰る。
クゥの居場所を作ってやった。
おれには居場所なんかなかった。
だから居場所があることのうれしさを教えてやりたかった。
うれしさって何だろう?
笑顔になんで人はなるんだろう?
おれにはわからない。
正確には言葉では理解できても、それの本質を知ろうとすることを恐れて拒絶しているのだろう。
クゥは匂いを嗅ぎながら、ここが自分の居場所だと理解したようだ。
おれもこんなに素直に今まで与えられていた居場所を受け入れていればよかったのかもしれない。
目を閉じるクゥの頭を撫でながらおれも眠りについた。
黒く静かな夢の世界へ。
夢を見るのが嫌いだった。目覚めると残酷な現実しか待ってないから。
ありもしないものに心を動かされるのが嫌でたまらなかった。
そんな意思にも関わらずまた今夜も夢の世界へ沈んでいった。
…泣く少年。
離れていく人々。
無音の世界。
灰色の世界。
少年は泣きながら何かを探している…
浅い夢。
寝起きはいつも悪い。
激しい頭痛を伴いながら目覚める。
クゥはとっくに目覚めて部屋の中を走り回っていた。
おれは蛇口をひねって生温い水で顔を洗う。
眠気は抜けないまま部屋を後にした。
行き先はない。
目的もない。
気が付くと公園にむかっていた。
家族が楽しそうに笑っている。
疎ましい家族の模様を横目で見ながらベンチに腰掛けた。
このベンチはおれの特等席。
ここから見える景色は山ばかり。
懐かしいわけでもない。
落ち着くわけでもない。
しかしこの場所に腰掛けると何かを思いだせそうになる。
それは頭痛によって中断されるが、何かをおれ自身が訴えかけているような感覚がする。
向かいのベンチはいつも空いている。
誰もいないそのベンチにありもしないことを想像したりした。
それはおれの願望かもしれない。
忘れちゃった思い出の残骸かもしれない。
今日はそれが違っていた。
誰かが俯きながら座っている。
特に気にもとめない。
かかわり合いになりたくないから。
おれは立ち上がり家に向かおうとそのベンチの横を通り過ぎようとした。
その人は泣いていた。
「隆…」
そんなことを呟きながら涙を流している。
泣くって感情わからないや。
なんで泣くんだろう?
それは淋しいから?
辛いから?
writer:かみじょー
痛みキャンディ続きはこちら
・痛みキャンディー第二話
・痛みキャンディ第三話
・痛みキャンディ第四話
・痛みキャンディ第五話
・痛みキャンディ第六話
・痛みキャンディ第七話
・痛みキャンディ第八話
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