痛みキャンディ第四話
-作者前書き-
生きる意味って考えた時に
それは生きた証、そう足あとを残してくことと
誰かのために生きるってことだと僕は思う。
いずれ死に絶える時に、もしも数えきれないくらいの大金が銀行にあっても、それは天国にしても地獄にしても持ってけない。
裸一貫て言葉があるけど、人は裸で生まれて裸に戻っていくわけだ。
そうした時に、自己消失。
アイデンティティの喪失。
零に戻る!っていうことが怖くてたまらなかった2003年。
だから僕は阿呆みたいに小説を書きなぐっていた。
時は過ぎて2015年。もういい加減いい大人になったはずなのに、まだ
この書きたいという衝動は静まることを知らない。
痛みキャンディ第四話公開
何かを失って初めてそれが在ったことに気が付くんだ。
いつもは意識しないもの程、失うことで初めてわかることがある。
季節はちょうど変わり目を迎えるこんな日には
過ぎていく季節が今まで自分のそばに寄り添っていたことを実感する。
今日はちょうど雨が降り続いていた。
朝からの雨。
目覚めの雨音。
普段なら心地よく寝過ごせるのに…
今朝は違った。
身体が焼けるように熱を帯びている。
風邪を引いてしまったようだ。
頭痛と嘔吐がとめどなく続く。
クゥに朝飯だけ与えて病院に向かった。
本来なら病院には行きたくなかった。
病院は嫌いだ。
何かを吸い尽くすような生活感のない空間。
人を癒すはずの場所なのに、活気がないから。
痛みを堪える者たちの悲痛の表情も胸を苦くさせた。
しかし待ち合い室は好きだった。
帰りを待つ病人たちの安堵の顔。
ようやく解放されるのだといった表情で手足の鎖を解かれるのを待つ人々。
今日は雨のせいかいつまで待っても順番が来ない。
待ち合い室でボンヤリとソファの背もたれに頭を埋めながら、誰も見ていないようなテレビ番組に目を向けた。
熱が思考を鈍らせる。
早く…早く…
そんなことばかり考えているから一向に時も流れない。
ふと反対側の席を見た。
言葉にできないような表情をしている老夫婦が見えた。
今から清算して帰るのかな?
それにしても表情が曇っている。
人は状況の変化に年々疎くなる。
自分が進んできた道が曇りだしてもすぐには気が付かない。
その老夫婦の会話が聞こえてきた。
「ばぁさんや。わしゃもうくたびれたよ。」
俯きながらおじいさんは呟いた。
「何言ってるんですか。すぐによくなりますよ。」
笑顔でじいさんを見ながら背中を擦っていた。
「いつになったらわしゃ解放されるんじゃろ?どうせ治らないならゆっくりやすみたいわい。」
ため息をついた。
それでもおばあさんは有りったけの笑顔で言う。
「私がついてるじゃないですか。すぐよくなりますよ。」
なぜだろう。
ありきたりな会話のはずなのに…
涙があふれてきた。
これは痛み?
それとも愛情?
今までわからなかったものが少しずつ伝わってきた。
これからの運命を受け入れることがこの老夫婦にはできると思った。
そんな強さを感じた。
ポケットからキャンディを取り出して口に放り込んだ。
懐かしいハッカの味がした。
これは幼い時にばぁちゃんにもらったあの飴の味に似ている。
年寄りくさくてイヤだと言いながらも、ばぁちゃんに飴をもらうのがうれしくて仕方なかった。
どんなものでも包んでしまうようなばぁちゃんの優しさ。
何処か目の前のおばあさんと重なって感じた。
その甘さの中に少しだけ苦さを感じた。
きっとばぁちゃんが今まで苦労してきた人生の苦さなんだろうなぁと空想してみる。
人は終わりからは逃れられない。
何人たりとも。
終焉を迎えていながらも寄り添いながら助けあうこの二人の哀しさと強さが胸にキュンときたんだろう。
ようやく名前が呼ばれた。
病院の中にもドラマはあるな、なんて思いながらひょっと軽い足取りでクゥの待つアパートへと向かっていく。
いつまでもお元気で。
届かないくらい小さな声で老夫婦に別れを告げて。
まだ終わらない人生を愛していけるような気がした。
ポケットを探ってあめ玉が入った袋を見た。
あと二個かぁ。
あと二個舐めたら何か変わるのだろうか。
そんなことを考えながら後ろを振り替える。
心なしか病院が輝いて見えた
writer:かみじょー
痛みキャンディ続きはこちら
・痛みキャンディー第二話
・痛みキャンディ第三話
・痛みキャンディ第四話
・痛みキャンディ第五話
・痛みキャンディ第六話
・痛みキャンディ第七話
・痛みキャンディ第八話
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