いよいよラスト痛みキャンディ
小説を書くと色々考えさせられる。
ブロガーとして記事を書く時は、実際に起きた出来事などをまとめる作業。
でも小説は内なる世界を掘り起こすような仕事になる。
自分の中につまっているものは、もしかしたらきれいなものばかりじゃないかもしれないけど、
でもそれでも色々な可能性があってまさしくパラレルワールドなんだって感じることがある。
それが誰かに届けばいいなって思いながら今日もこうして手は勝手に動くし、
僕の人生もまだまだ終わりそうにはない。
Life Goes On
最終話痛みキャンディ
胎内の鼓動をおれらは忘れてしまう。
きっと初めて聞いた音なのに。
愛の塊のような旋律なのに。
成長するうちに、幾多の雑音に耳を奪われて忘れてしまうんだろう。
あの景色も……
おれは忘れてしまうのかな?
暖かい陽だまりのようなあの…
各駅停車のこの鈍行はゆっくりゆっくりと進む。
まるで急かすおれの気持ちを静めるように。
左右に揺れながら、まるで細長い揺りかごのように。瞼が次第に重くなる。
いつしかおれはその心地よさから夢見に堕ちてしまった。
沈黙の世界がそこには広がっていた。
暗い夕暮れ。
一人待つ子供。
待てども迎えは来ない。
次第に表情を曇られ、大粒の涙を落として……
そこに一台の軽自動車が停まった。
待ちに待った…
「かぁちゃん…」
皮肉にもそこで夢見から現実に引き戻されてしまった。
その先が見たかったのに。いつもその先は見られない夢を悔やんだ。
あと二駅で目的地に着く。
まだ寝ぼけたおれの脳裏には裏切りと不安と愛を乞う気持ちでいっぱいになった。
電車はゆっくりと速度を緩めながら停車した。
この土地であの人が待つのか…
確認したいことが幾つもあった。
会ったらなんて言ってやろうか、怒鳴り散らしてやろうか、そんなことを考えながら降りる準備をした。
夕暮れの駅はそんなおれの心を揺さ振って一層不安にさせる。
まるで世界の終わりを感じさせるかのように。
駅の待ち合室であの人はおれを待っていた。
そこにいたのはあの在りし日の母の面影からはかけ離れたやつれた姿だった。
もう目にはいっぱいの涙を溜めていた。
見た瞬間、衝撃が走った。心に広がるのは混沌まみれの童心。
なんでおれを捨てたんだ。孤独な日々がフラッシュバックした。
苦い血の味。
痛みそのものだった。
痛み。
それをおれは引きずってきたんだ。
痛み。
忘れてなんかいなかった。
胸に焼き付いた癒えないモノ。
許せるもんか……
どうして許せるんだ…
おれは目を合わせられなかった。
母はその場に泣き崩れた。
あの保育園。
あの夕方の孤独。
胸が張り裂けそうになった。
胸が痛い。
でも思い出したのはそれだけじゃない。
あの暖かい手の感触。
全てを包み込んでくれる愛情。
本当は甘えたかったんだ。
抱きしめてほしかったんだ。
もう一人じゃないよって。おまえの居場所はちゃんとあるんだよって。
そんな心に従うだけの勇気が出ない。
怒りがそれを遮り深い闇の中に閉じ込めてしまう。
暗い地下牢の中にいるみたいだ。
出たい…
誰か出してくれ。
過ぎ去る人々も同じような傷を抱いているのだろうか。
傷つかない世界を望んでいた頃の自分は言う。
「避ければ今までと同じ変哲ない道が待っているよ。すき好んで傷つくことはないをだから。」
おれは耳を塞いだ。
あの景色が目に浮かんだ。
夕方…一人…迎えに来てくれない。
ポケットに手を入れてみた。
最後の痛みキャンディがあった。
思えばたくさんの人に会っておれは痛みを知った。
痛みを思い出したというほうがいいのだろうか。
それをおれは口に投げ込んだ。
最後の飴の味はミルク味。
懐かしい幼い頃の思い出の味。
これは何かを訴えかけているようだ。
モウイインダヨ。
ユルセルヨイマナラ。
ダカラ……
おれの景色はぼやけ始めた。
帰ろう。
もう我慢しなくていいから。
帰ろう。
おれは……
夕暮れのホームは忙しなく人の波が流れて留まることを知らない。
何かの放送も雑踏も何も今は耳に届かない。
おれは勇気を振り絞って右手を差し出した。
「かぁさん…」
母は涙を拭いながらとびきりの笑顔を見せてくれた。
「おかえりなさい。」
母は立ち上がり、優しく抱きしめてくれた。
おれはあの頃に帰る。
幼かったあの頃に。
一人じゃないあの頃に。
母のぬくもりが暖かかった。
おれは涙を拭きながらただそのぬくもりに包まれていた。
全てが優しく見えた。
優しいあの夕方のように。
F I N
writer:かみじょー
痛みキャンディ続きはこちら
・痛みキャンディー第二話
・痛みキャンディ第三話
・痛みキャンディ第四話
・痛みキャンディ第五話
・痛みキャンディ第六話
・痛みキャンディ第七話
・痛みキャンディ第八話
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