痛みキャンディ後半突入
10代の頃はすべてが鮮明だった。
いや衝撃だった。
狭い世界が広がってく出会いに胸が躍らないわけがない。
20代もまだ鮮明だった。
新しい景色を見つけることが嬉しかった。
30代になってもまだ僕はワクワクしている。
少年のような気持ちを持っていくことは「踊っていること」?
よく人は賢くなると、または経験を積むと何かに踊らされたくないと思うだろう。
踊らされたくないと身構えるほど、つまらない考え方に陥りやすい。
でもどうせ1回こっきりの人生舞台開演です!
なら、泥臭くてもめいいっぱい僕は踊ろうじゃないか!と思ったりなんかした。
痛みキャンディ第六話公開
あの景色を見れば何かがわかる…
わかるというよりも思い出せる。
過去のおれを。
弱かった自分を。
そしてなくした感情を。
涙を。
後悔も。
おれはそんなことばかり最近考えていた。
そうあの景色を。
もう見ることのないあの景色を…
電話の声はおれのよく知っているあの人だった。
おれを捨てたあの人。
今さら何がしたい…
胸の中は気持ちの悪いモノが叫びを上げながらぐるぐると回り始めた。
それが僕を震えさせた。
そして拒否反応。
耳を塞ぎたい。
心も深くに沈めてしまいたい。
マイナス思考が、そんな負の塊と言えそうな鈍重で鉄の匂いがする感情がおれを縛り付ける。
それは怒り?
それとも愛しさ?
恐怖?
哀しみ?
深く考えれば考えるほど、逃げ出したくなる。
おれは知りたくない。
怖かったんだ。
それを受け入れてしまうことで
今までの虚構が、ガラガラと音を立てて壊れてしまいそうで。
電話の用件はすぐわかった。
でも、突発的におれは電話を切った。
母はおれを捨てた。
捨てたというと被害妄想かもしれないが、ある日突然いなくなってしまった。
視界は暗闇。
喪失感。
虚無感。
親戚の家に引き取られてからは厄介者として扱われ、毎日罵声が飛ぶ。
言葉の凶器がまだ幼かったおれの心を切り刻んだ。
望まれない存在なの?
迎えにきてよ…
迎えに…
毎晩泣いた。
泣いて泣いて泣いて泣いて泣いて泣いて泣いて、
そしていつか涙は枯れてしまった。
痛みは麻痺してしまった。
それがおれの唯一の防衛手段だったから。
まるで歯医者で麻酔注射を受けたような感覚だった。
心がオブラートのような見えないものに包まれてすべてがボンヤリとするばかりだった。
それは居心地の悪い麻痺感だったけど、それも次第に慣れていった。
違和感を感じながらも生き抜くために必要なことだと悟った。
痛みなんてないほうがいい。
ねぇ何のために人は痛みを感じるの?
痛いだけじゃん。
痛いだけならないほうがいいよね。
それをここで棄てても許されるよね。
傷つかないほうがいいに決まっている。
頑なに閉ざしたそれはそれから開くことはなかった。
本当は…
本当は迎えにきてくれるのを待っていたんだ。
おれを救ってくれるのを待ち望んでいた。
しかし迎えには結局来てくれなかった。
それが10年も経って、何を今更!
感情は怒りに満ちた。
汚い黒色。
吐き気と汚物で構成されたようなどうしようもない誰かを呪う感情に僕は嫌悪感を感じた。
でも思う。
許せるなら、きっとそれを許せるなら、僕が待ち望んだ。
1人待っていた。
あの昼と夜の中間に位置するような
あの景色が見たい。
あの人を見た最後の景色を。
おれはどうしたらいいのかわからなくなった。
耳を塞いで身体を凍り付かせた。
誰もおれの中に入ってこないで。
これ以上傷つきたくない。
おれを壊さないで…
目を閉じたら楽になれるかな?
もう考えるのもやめよう。
もういい。
やめよう。
期待するのは…
やめよう。
いいんだ。
もういいんだ。
ガブっ。
痛みを感じた。
それは心ではなく、おれの腕に。
瞳を開けてみると
クゥがおれに噛み付いていた。
こいつはわかってるんだ。
逃げちゃだめだって。
腕の痛みは次第に感じなくなった。
クゥ…
おれは必死に何かを伝えようとしているこの子犬を抱きしめた。
たった一人の友人が教えてくれた。
ここで逃げ出したら何もわからない。
行かなきゃ。
おれは支度を始めた。
きっとこれが最後の旅になるから。
あの景色をおれはみることができるのだろうか?
そして今のおれに何ができる?
不安を殺しながらクゥに餌をあげておれはアパートを後にした。
あの人の待つ場所を行く。
その先に何が待っているかはわからない。
だけどそれが今できる全てだから。
writer:かみじょー
痛みキャンディ続きはこちら
・痛みキャンディー第二話
・痛みキャンディ第三話
・痛みキャンディ第四話
・痛みキャンディ第五話
・痛みキャンディ第六話
・痛みキャンディ第七話
・痛みキャンディ第八話
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