あの人の手は温かかった
どうも、ラジオねこきっくのかみじょーです。
小説「痛みキャンディ」をお読み頂いている皆様ありがとうございます。
この作品を通じて、痛みに向き合うことと家族を大切にすることの本当の大切さについて
僕自身も再確認できました。
お父さんの手は大きかった。
お母さんの手は働き者の手だった。
そして、僕はどんな手をしているだろう?
じっと自分の華奢でけして大きくはない手を眺めてみた。
パチパチとpcのキーボードを打つ僕の手はなかなか器用に動くな。
でも、いくつもつかみそこねたものがあったことも思い出しました。
人はすべてをつかめるわけではないけど、
決してつかみそこねちゃいけないものがある。
それは家族だったり、自分の信念だったり、
ささやかな日常だったり、夢だったりします。
では第七話「痛みキャンディ」どうぞお読み下さい。
第七話痛みキャンディ公開
あの景色を見れば何かが変わる気がしていた。
あの景色。
暖かいぬくもりを…
おれは決心を決めてアパートを出たはずだった。
足を踏み出した途端こういった思いに縛られてしまった。
また捨てられるんじゃないのか?
どうせ今さらおれに居場所なんかないんじゃないのか?
無意味だと。
怖くなった。
逃げ出したいくらいに。
逃げることは簡単だ。
振り替えればまだアパートは目に映るから。
戻りたかった。
これ以上痛みを思い出したくなかった。感じたくなかった。
足が進まない。
おれは立ち止まって右手を握りしめて振り上げた。
硬くなった拳が右の頬にめり込む。
逃げるな。
逃げるな。
自分に言い聞かせた。
顔を上げて何も考えないようにして駅に向かった。
右頬が痛い。
弱い心をおれは殴り付けたんだ。もう後悔しないために。
クゥの元気な姿が脳裏に浮かんでは消えていった。
駅に着くと行き先を確認してホームに向かう。
対岸のプラットホームに立つ男性がおれを見ている。おれは目を反らして目的地に向かった。
その時…
「上原~!!」
とおれの名前をデカい声で呼ぶ。
おれはもう一度視線を戻して男性を見つめた。
見覚えのある顔、中学校の先生だった。
おれは軽く頭を下げて、その前は視線をあわせないようにして電車に乗り込んだ。
胸がチクっとした。
そうあれはおれの過去を知る男。
おれが触れたくない心の奥を知る人だったから。
中学時代おれは何かに苛立った毎日を送っていた。
暴力事件
破損届け
反省文
校長室。
全部が敵だった。
おれは全てに苛立っていた。
「おまえは屑だ。恥だ。どんな教育を親にされたのか聞きたいもんだ。」
「おまえみたいに親のいない奴はだからそんな人の迷惑にしかならないんだ。」
おれの全てを否定する大人たち。
一体おまえらの何が正しくておれを裁く権利があるんだ。
おれは苛立っていた。
本当は認められたかったんだ。
見てほしかった、気付いてほしかったからあんな事をしていたんだろう。
「おまえは悪くないよ。」
そう言ってほしかっただけなのに。
大人たちはおれを人として認めなかった。
学校には不要の存在というレッテルを張りつけて潰したかったんだろう。
その時のおれの声は誰にも届かなかった。
ある日午前中にサボろうと下駄箱にいたおれを呼び止めたのが、さっきホームにいた人だ。
名前は思い出せない。
「上原よぉ。」
そう言っておれの頭に優しく手を乗せた。
その手は大きくゴツゴツしていたけど、とても暖かかった。
優しかった。
「おまえの味方だからな。おれは。何かあったらすぐ言ってこい!」
おれはそのぬくもりに吸い込まれそうになるのを恐れて、その手を勢いよく振り払った。
「うるせぇ!てめぇもどうせあいつら同じ大人なんだろ!」
おれは走って逃げた。
本当はそんな事が言いたかったんじゃない。
「ありがとう」って言いたかったんだ。
帰り道におれは悲しくて泣きたかった。
涙は一滴も出てこなかった。
おれには痛みの感情がなかったから。
謝りたかった。
だけど怖くておれは避け続けた。
結局まともな話はそれから一切せずにその人は転勤になってしまったから。
その二ヵ月後に先生から手紙が届いた。
上原昂太様
元気してるか?
おまえとは結局まともに話ができず残念に思っている。
おまえに伝えたかったことがあったんだ。
それはな、おまえは
今も生きている。
素晴らしいことなんだよ。おまえが生まれてきて成長してくれて元気に毎日生きている。
だからおまえは自信を持ってこれからも生きていけばいい。
誰に何を言われても気にするな。
おまえを誰も否定はできないから。
おまえにあえて良かった。
おれはおまえに何もしてやれなかったけど、おまえの痛みも傷も苛立ちもきっといつかおまえ自身が癒せるはずだと信じている。
だからどうか命を大切にしていってくれ。
おまえの存在が消えそうな時は思い出してくれ。
おまえは悪くない。
前だけ見つめてしっかり歩けな。
おまえのこれからはきっと光溢れている。
おれはそう信じている。
何かあったらいつでも連絡してくれ!
元気でな。
武田信明
結局返事は返せなかった。
おれは失礼なことをしてしまったから。
先生はまだプラットホームに立っている。
窓を開けて叫んでみたら声は届くはずだ。
おれは窓を開けようとした。
ちょうど向かいから先生のいるホームに電車が止まってしまった。
先生の姿はもう見えない。おれは叫ぶのを諦めた。
その代わりに
「先生ごめんなさい。ありがとう。」って呟いてみた。
届かない声で。
伝えられなかったことに歯痒さを感じながら電車は駅を出た。
おれは下を向きながら握った拳を見つめていた。
拳に雫が零れた。
おれの後悔の、そして痛みの結晶が零れ落ちたんだろう。
電車は揺れる。
おれと
後悔を乗せたままで。
おれは向かう。
もう後悔しないためにも。
writer:かみじょー
痛みキャンディ続きはこちら
・痛みキャンディー第二話
・痛みキャンディ第三話
・痛みキャンディ第四話
・痛みキャンディ第五話
・痛みキャンディ第六話
・痛みキャンディ第七話
・痛みキャンディ第八話
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