熱い生き方をするために考えてほしい◯◯
熱い生き方をするために
また、熱い生き方をしたいすべてのひとへ
以前と言っても4年前に
【人生論】熱く生きる方法を教えよう。熱を感じる生き方をしよう。熱い三流なら上等!
こんな記事を書きました。
熱い生き方をするためにどうしたらいいのか
一流になれなかったりまわりから必要とされなかったりして哀しい思いをしている方に是非読んでほしい記事です。
さて、それから4年が経ち、改めて「熱い生き方」「熱く生きる」ためにはどうしたらいいのか、
今日も考えてみました。今日はそれを記載していきます。
熱く生きるには◯◯についてかんがえる
今日の結論としては、
熱く生きるには、
「自分の将来の死因」について考えてみる。
これです。
死因ていうものはいずれ早かれ遅かれ皆さん、何かしらの死因のためにこの世から旅立たなくてはならなくなります。
それは決して逃れられないことなのですが、
死因、と一言でいってもどのくらいの種類があるのか?
と考えてみました。
おおまかな人の死因は実は4つしかありません。
1.病死
2.事故死
3.自殺
4.他殺
病気か、事故か、自らか、他人によってか
そのいずれかです。
出来る限り、自分の死因など考えたくもありませんし、
考えずに生きてきたのですが、
熱く生きるためには、自分の終わりについて考えてみる。
できれば想像してみることがとても大切です。
いつか、それはいつかはわかりませんが、
ある日、何かしらの原因で僕らはこの世から旅立たなくてはならない日がやってくる。
それだけでは、イメージが弱い。
重病となり、病床で意識が薄れていく感じ。
事故で痛い思いをしてしまう感じ。
自殺や他殺はイメージしづらいですが、
それでも、何かの原因によってエンドロールとなる。
このイメージが強烈であり、明確なほど、
今とその終わりの時の間の言わば残りの時間が浮き彫りとなってきます。
”永遠の命があるつもりで夢を抱き、
今日限りの命と思いながら生きろ
Dream as if you’ll live forever.
Live as if you’ll die today”
永遠に命が続くかのように大きな夢を持つこと。
そして今日が終わりの日だと思うがの如く、
今を大切にすること。
これは背反するような内容ですが
小さくまとまるな
そして時間を有意義に使いなさい。
という真理が表されていてとても僕は好きな言葉です。
まさに今日僕が書きたかったことは、
自分がいつかは死んでしまうという現実をぼかさないで考えてみると
本当に残りの時間が限られていることがわかりますし、かんじられます。
自分が死んでしまうことを想像してみることから始まること
僕自身も改めて自分の将来の死因を想像してみました。
とてもこわくなりました。
実にこわい。
しかし、ただ安穏と、平凡に日常に埋没して生きていると、
または何かしらのレールに乗った、則った生き方をしていると
「生の実感」というものが段々と薄くなってきます。
実に薄い。
毎日が同じルーティンの繰り返しとなり、
頭の中は明日のことと、今日の失敗、人間関係のあれやこれや。
そんなものばかりになってしまいます。
それって生きていると言えるのでしょうか?
果たして、今を生きていると言えるのでしょうか?
ただ、何かしらの歯車の1つとして、在り続けるだけ。
それは僕が考える熱い生き方とは違うと気が付きました。
熱い生き方はTVやゲーム、本の中にはない
TVの主人公、ヒーロー、芸能人。
ゲームの主人公、操作しているプレイヤー。
音楽、本の中の啓蒙。
そんなものに熱い生き方はありません。
これは断言できますが、
熱く生きるために自分に変化を起こすヒントはあるかもしれませんが、
人生の主人公は果たして自分なのか、TVやスマホの液晶の向こうにいる他人なのか?
主人公は自分でありたい。
自分の人生の主人公の座を簡単に他人に明け渡してはいけません。
一日の多くの時間を他人に主役の座を渡してしまい、
ただ傍観、鑑賞、拝聴、拝見しているだけでは
それは熱い生き方ではない。
自分で考え、自分のドラマをストーリーを五感で感じる。
残り幾ばくかの決まった限定の時間の中で。
主人公は自分。
常にその意識を薄めないようにすることが大切です。
そんなわけでまた熱い生き方シリーズも執筆していこうと思います。
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